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かしく道成寺

【初演】昭和49年
■作詞:猿若清方   ■作曲:大和久満

(三下り)

梅は匂ひよ桜は花よ 色は匂へど咲き競う

咲いた桜も一と夜の風に ちらりほらりと ちりぬるを

我が世 たれそ つねならむ ういの奥山けふ越えて 

あさき夢見し 酔ひもせず

逢えば別れのあるものを 寝られぬままに 有明の

鐘に恨みは数々ござる

初夜の鐘を聞くときは 色即是空と聞こゆなり

後夜の鐘を聞くときは 諸行無常と聞こゆなり

我も後生の雲晴れて 真如の月を眺め明かさん

言わず語らぬ我が心

張りと意気地の世の中 お酌芸妓の たくさんそうに

まだ娘気の 肩上げも 取れて島田や 江戸褄(えどづま)に

抜いた衣紋の襟足も 仇になまめく春の夜

踊り扇の要さえ ひらき初めたる縁じゃえ

(本調子)

梅は咲いたか 桜はまだかいな 柳なよなよ 風次第

山吹ゃ浮気で 色ばっかり しょんがいな

舟じゃ寒かろ お駕籠で来なせ 惚れて通えば千里も一里

逢えば口説に あけがらす しょんがいな

知り初めて この里ばかり浮世かな 

誰れに見しょうとの 宵化粧 みんな主への心中立て 

嘘が誠になるものと えゝも どうにもならぬ程 

逢いとうて ふっつり悋気(りんき) せまいぞと

おもえどこゝろ 十寸鏡(ますかがみ) ほんに殿御の気が知れぬ

気が知れぬ 悪性な悪性な気が知れぬ

うらみ うらみて かこちなき

露を含みし桜花 夢ばかりなる手枕(たまくら)や

(三下り)

面白や 四季の眺めは三国一の富士の山

八百八丁 大江戸の 甍(いらか)にかゝる初日の出

花は 上野か浅草の 御利生(ごりしょう)深き宮戸川

夏の夕暮れ大川の 上り下りの屋形舟

吹けよ川風 あがれよ花火

玉屋 鍵屋の呼び声も いつしか消えて 時雨降る

静寂(しじま)に きしむ櫓の音が 北廓(ぼっかく)さして急ぎ行く

しばらく待たせ給えや

宵の約束 今行く程に 夜も更けじ

獅子にそいてや たわむれ遊ぶ

牡丹にあらぬ 四季咲きの 華咲き競う 喜見城(きけんじょう)

実(げ)に全盛の有様は 今は昔となりにけり

 【解説】

昭和四十九年七月に国立劇場の猿若会にて、舞踊家猿若清方の作詞、演出・振付、大和久満・作曲により、猿若吉代の芸者役で初演されたものである。

「娘道成寺」を地にして吉原の芸者を白拍子に置き変え、太鼓持ちを所化とし、寿獅子を押し戻しに見たてた内容の作品である。

曲の内容は、若い芸者が吉原の世界で育っていく様を華やかに唄ったもので長唄の「京鹿子娘道成寺」も昔のはやり唄や小唄を継ぎ合わせた形で作られており、白拍子の踊りを見せる曲となっているが、「かしく道成寺」もそのように大和楽に置き変え作られているのが面白い。

「鐘にうらみ~真如の月を眺め明かさん」の古雅の烏帽子中啓の舞風の部分、「言わず語らぬ」の芸者の手踊り、「梅は咲いたか」の太鼓持ちの浮いた踊りがあり、「知りそめて」「ふっつり悋気」からクドキになり、「面白や四季の眺め」から山づくしの羯鼓風の踊りになり長唄の「鐘入り」の部分を「北廓入り」に替えるといったとても洒落た構成の曲である。